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mu-jica

あれから一年、お日柄もよく。

はやいもので一年たちました。
また今年も変わらず、桜が咲きましたね。
そんな季節に息子はやってきました。
これから毎年お誕生会を口実に、大人はおおいに飲めるってわけ。
そんな訳で、第一回おたんじょうおめでとう大お花見会開催!

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みんなが一斉におめでとうの歌をうたいだしておびえています。
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かあちゃんがかわりに。


一歳になったので飲酒もできます。
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いやあ、ほんとにはやいね。一年。
すっかりインドアで、隣町にすらめったに行かなかったこの一年、
みなさまはどうされているのでしょう。
会いたい人、たくさんいます。
まだまだなかなかでられませんが、地味にこつこつやってます。
またねー。
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  1. 2010/04/07(水) 21:56:59|
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にゃんこ大先生、最後の教え。


息子がモーレツに動くようになってきて、
猫のくりが育児ノイローゼ。
トイレがトイレでできなくなってしまいました。
いつもの場所でくつろぎたくとも、
オーオー言いながら小さな怪人が突進してくるので
オチオチ寝ていられない。
息子はくりが大好きで、さわってみたい!
しっぽ握ってみたい!きになる!きになる!!
一目視界に入ろうものなら嬉々として向かってゆくのです。
くりは、いつものこの季節なら「溶けるよ」っていうくらいストーブの真ん前で
ひっくり返って寝ていたのに、「自分、ここでいいです」と、
寒いとなりの部屋で丸くなっていたりする。
不憫でならない。
どうにか時間が解決してくれるのを見守るつもりだったのだけど、
排泄に支障をきたしだしたので病気になっちゃ大変だし、
(うんこも限界まで我慢してる様子)実家に養子に出すことに。

知ってますか、猫のうんこというのは、あれは毎回一大決心の出来事なんです。
動物にとってうんこの匂いは命取り、一刻も早くその場から離れなければ、
その匂いで自分の存在に気づいた敵に襲われるかもしれないからです。
その名残で家猫でもうんこの前後、モーレツダッシュするでしょう?
それくらい、いつも気合い入ってるんです。

そこに、息子の大きな声が聞こえてくるもんだから、
くりちゃんは怖くて怖くてトイレに入れなくなってしまったのです。

トイレの場所をかえてみたり、数を増やしてみたり、屋根をつけてみたり、
あの手この手を試みるも、やっぱりどうしても怖い、こわいよー。
トイレは離れた場所に置いていて、絶対息子は侵入してこないにもかかわらず。

もうくりの心は決まっていて、ここは恐怖でしかない。
もうすこし堂々としてていいのに。
もう少し気が強い子だったらよかったのに。
いったんかかってしまった「恐怖」のフィルターは、なかなか取り払うことができない。

かなしいことです。

ところで、くりはそのまま今の私だったりする、と感じるフシがあり。

子育に「追われてる」と思ったら、私の生活は追われている。
今しかないこの状況を、「楽しい」と思ったら私はこの日々を楽しんでいる。
核家族の子育は非常に孤独だったりするのです。
悶々としたりもするのです。
その想いが、そのまま私の世界になります。
感じ方、次第。

「どうでもいいようなことで悲しんだり怒ったりしているとき、
彼女らはいつも洗練されたやりかたで、
人生にはもっと重要なことがあることを教えてくれた。」

そのとおりですね、町田先生。


  1. 2009/12/03(木) 23:02:57|
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はやひとつき



4月5日にうまれたよ。
3日かかりました。長かったぁ。
床上げまでゆっくりのんびり(とはもちろんいかないが)過ごして、
気がつけばもうひと月以上が経ち。
あっという間に「新生児」と言われる時代は去ったのです。
子は育つ。
しかし、よく泣く。
しばらく余裕のない日々が続くでしょうが、楽しいです。
じゃあまた。
近くの人はあそびにきてね。

名は櫻甫(オウスケ)でござんす。
以後オミシリオキを。
  1. 2009/05/16(土) 11:23:39|
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旧一月十四日



海の側で暮らして、毎日毎日海の色が違って見えることを知ったり、
来る日も来る日も強風続きで弱気になったり、
とんびにお弁当をさらわれてびっくりしたり、
あとはなんだろうな、たぶんもっとたくさんある。
妖怪たちと出会ったり、とか。

「人は風景も食べて生きている」

ナナオサカキが言ったそうな。
2年弱の間、この風景をもりもり食べた私は、
きっと2年前と違っている。
そして、この海で穫れた魚、海藻、畑でとれた野菜たち、
そういうものらで、今の私。

3年前、父が亡くなって、
それまでの求心力の源が突然なくなって、
私たちは家族は遠心力にまかせて、わあわあ、と方々に散ったり寄ったりしながら、
この小さな港町にしばらく腰を落ち着けることにした。
縁もゆかりもない土地で、
人々は温かく、食べ物はおいしく、
夏休みみたいだったなぁ、と思う。
冬の今でも、なつやすみ、みたい。
この夏休みから、母が一抜けし、
ようやく、よっこらしょ、と娘たち。
ずっと、しばらくは、ここに落ち着きたい、と思ったこともあったけれど、
またしてもお引っ越しなのです。
次は、山の麓へ。
こことはうってかわって、内向的(内省的?)な(おそらく)世界。
どんな、妖怪が住んでいるのやら。
  1. 2007/03/03(土) 12:59:06|
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